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広島地方裁判所呉支部 昭和45年(ワ)182号 判決

原告 窪田準一

〈ほか二名〉

原告ら訴訟代理人弁護士 原田香留夫

同 恵木尚

被告 広島県

右代表者知事 宮沢弘

右指定代理人 沖山裕宣

同 小松伸

右訴訟代理人弁護士 幸野国夫

被告 江田島町

右代表者町長 山中淳

右訴訟代理人弁護士 三宅清

同 末国陽夫

被告 瀬戸内海汽船株式会社

右代表者代表取締役 仁田一也

右訴訟代理人弁護士 岡咲恕一

主文

一、被告らは各自原告窪田準一、同窪田静江に対し各金一、〇一七、九五二円、原告菅順子に対し金二、七五三、七五三円およびそれぞれに対する昭和四五年二月三日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告らのその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを三分し、その二を原告らの、その一を被告らの各負担とする。

四、この判決第一項は仮りに執行することができる。

事実

第一、当事者の申立

一、原告ら

(一)  被告らは連帯して原告窪田準一、同窪田静江に対し各金三、〇〇〇、〇〇〇円、原告菅順子に対し金一〇、〇〇〇、〇〇〇円およびそれぞれに対する昭和四五年二月二日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告らの負担とする。

(三)  仮執行宣言。

二、被告ら

(一)  原告らの請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二、当事者の主張

一、原告ら

(一)  昭和四五年二月二日午前一一時過ぎころ、広島県安芸郡江田島町小用所在の江田島港フェリー発着所三段式ふ頭(以下本件ふ頭という)において、訴外窪田真二郎運転、訴外窪田江利子、同峯崎アキエ同乗の普通貨物自動車(以下被害車という)が後退進行中海中に転落し、右三名は溺死した。

(二)  本件ふ頭は海側に傾斜し、その長さと海面からの高さの異なる三つの桟橋(長い順に一号、二号、三号という)が別紙図面のように合わさったもので、着岸中のフェリーに乗船する自動車は本件ふ頭前の広場から後退運転で桟橋を通るのが通例であった。被害車は右広場から二号桟橋に着岸中の被告瀬戸内海汽船株式会社(以下被告会社という)のフェリーに乗船するべく斜め後退運転して二号桟橋と三号桟橋の切れ目から転落した。

(三)  被告らは次の理由により本件事故の責任を負う。

(1) 被告広島県

本件ふ頭は前記形状と自動車が後退運転する利用状況のため、自動車運転者にとって桟橋間の切れ目を確認しがたく、誤って海中に転落する危険のある、安全性を欠いた、瑕疵のあるふ頭である。被告県は本件ふ頭の設置者、管理者であり、右危険を防止するため桟橋内に移動柵を設けるなどの人的物的措置を講ずべきであったのにこれを怠ったものである(国家賠償法二条の責任)。

(2) 被告江田島町

被告町は被告県から本件ふ頭につき管理委託を受けた管理者であり、また管理費用の負担者であり、被告県同様に事故防止措置を講ずべきであるのにこれを怠ったものである(国家賠償法二条もしくは三条の責任)。

(3) 被告会社

被告会社は本件ふ頭を占有利用して運送を営む者であり、本件ふ頭は前記危険があったから、利用車両を切符売場で一時停止させるなどの人的物的措置を講じ、専従誘導員を常置させて被害車の誘導をするなどすべきであったのにこれを怠ったものである(民法七〇九条七一五条七一七条の責任)。また被告会社は訴外窪田真二郎に回数乗車券を販売し、回数券所持者はフェリー乗船後回数券を呈示することを慣行として認められていたから、右訴外人が切符売場を通過したことにより、右訴外人と被告会社との間に運送契約が成立しているところ、被告会社は安全に乗船させるべき右契約上の義務を怠った責任がある。

(四)  損害

(1) 死者の逸失利益

〈1〉 窪田真二郎        金一三、八一一、七六〇円。

訴外窪田真二郎は本件事故当時三〇才で訴外峯崎アキエと呉服商を共同経営し月額一〇〇、〇〇〇円の収入を得ていたから、稼働可能年数三三年間、生活費四割として右金額となる。

〈2〉 窪田江利子         金二、三七一、一九四円。

訴外窪田江利子は本件事故当時二才であったから、一八才から四五年間稼働可能、月額二四、六〇〇円(昭和四三年賃金構造基本統計調査報告による女子一八才の平均月額給与)を下らず、生活費五割として右金額となる。

〈3〉 峯崎アキエ         金七、四九四、四八〇円。

訴外峯崎アキエは本件事故当時四九才で前記真二郎と呉服商を共同経営し、月額一〇〇、〇〇〇円の収入を得ていたから、稼働可能年数一四年間生活費五割として右金額となる。

(2) 原告らの慰謝料

〈1〉 原告窪田準一、同窪田静江 各金三、〇〇〇、〇〇〇円。

右原告両名は本件事故により子真二郎、孫江利子を失った。その蒙った精神的苦痛を慰謝するには右金額が相当である。

〈2〉 原告菅順子         金六、〇〇〇、〇〇〇円。

右原告は本件事故により夫真二郎、子江利子、母アキエを失った。その蒙った多大の精神的苦痛を慰謝するには右金額が相当である。

(3) 相続関係と原告別の総損害額

前記窪田真二郎の逸失利益は原告三名が法相定続分(原告準一、同静江が各四分の一、原告順子が二分の一)に従い相続し、前記窪田江利子、峯崎アキエの各逸失利益は原告菅順子が全部を相続した。よって原告窪田準一、同窪田静江の損害は合算して各金六、四五二、九四〇円、原告菅順子の損害は合算して金二二、七七一、五五四円となる。

(五)  原告らは前項損害額の賠償請求権を有するところ、請求趣旨の支払を求める。

≪以下事実省略≫

理由

一、原告主張(一)の事実(本件事故の発生)は当事者間に争いがない。

二、本件事故の原因を検討する。

(一)  (本件ふ頭の形状と車両の乗船態様)≪証拠省略≫によれば、事故当時における本件ふ頭の形状は別紙第一、第二図のとおりであったことが認められ、また本件ふ頭からフェリーに乗船する車両は後退運転で各桟橋から乗船するのが常態であったことが認められる。

(二)  (本件事故の態様)≪証拠省略≫を綜合すれば、窪田真二郎は二号桟橋に着岸中の被告会社運行にかゝるフェリー「えたじま」に乗船するべく、被害車を運転して別紙第一図の本件ふ頭前広場に北東から乗り入れ、被害車を切符販売所から約四メートル南西寄り(歩行者通路寄り)に一旦停止させ、直ちに南東の二号桟橋に向ってかなりの速度で斜め後退運転を続けて、二号桟橋と三号桟橋の切れ目(別紙第一図〈1〉の地点)から海中に転落したことが認められる。

(三)  (本件ふ頭の瑕疵)本件ふ頭は潮の干満に応じて各号桟橋を使い分けるもので、大上邦彦証言によれば二号桟橋が最も多く利用されることが認められ、これに着岸中のフェリーに乗船する車両は本件ふ頭前の広場の三号桟橋前附近に北東から乗入れて一旦停止のうえ後退運転で二号桟橋に至るのが常態であったわけであるが、検証(第一、第二回)の結果によれば、右一旦停止の地点からは、各桟橋が海に傾斜しているため、各桟橋の形状や切れ目の位置はもとより桟橋上に画かれた黄黒斜線も確認できないことが認められる。右事実に≪証拠省略≫を併せ考えると、本件ふ頭においては視界の狭ばまる後退運転による乗船の際に運転者が各桟橋の切れ目の位置を見誤まって転落する危険は予想され、特に乗船を急ぐなど冷静さを欠いた場合、目標の船と短絡して斜め後退する折りなどその危険は大きくなること、こうした危険を防止するには、事故当時にあった徐行看板および桟橋上の黄黒線では足らず、広場から各桟橋までの走行ラインを引くとか、各桟橋の切れ目付近に確認の手がかりとなるポール、あるいは移動柵を設けるとか、誘導員の配置などの人的物的施設を備える必要があったと認められ、本件ふ頭の右設置の欠陥も本件事故の一原因となったと認められる。

(四)  (窪田真二郎の過失)前記(二)認定の事故の態様からみて、真二郎には進路の視界が狭くかつ危険な本件ふ頭を後退するにあたり、誘導指示を求めるか、自らあるいは同乗者により二、三号桟橋の状況を確認して通行すべきところ、また後退進行にあたり二号桟橋前まで広場を後退のうえで方向を変えて二号桟橋に入るべきところ、かなりの速度で斜に後退運転を続けた点に重大な過失のあることが明らかである。

(五)  (結論)以上を綜合すると、本件事故は本件ふ頭の瑕疵と真二郎の過失とが競合して発生したものといわねばならない。

三、被告らの責任を検討する。

(一)  (被告県の責任)被告県が本件ふ頭の設置者管理者であったことは当事者間に争いがない。本件ふ頭は前記のように安全性に瑕疵のある施設と認められ、被告県において、前記のような危険防止の措置を講じ、もしくは管理受託者である被告町、ふ頭の使用者である被告会社にこれらを講じさせたと認めるに足りる証拠がないから、被告県は国家賠償法二条一項の責任を負う。

(二)  (被告町)被告町が被告県から本件ふ頭の管理事務の一部を委託され、その委託事務に関する費用を負担していたことは当事者間に争いがない。≪証拠省略≫によれば、被告町は本件ふ頭の受託管理者として被告会社と訴外江能汽船にその使用を許可していたことが認められ、委託に関する規約七条四条三条一条二項などの趣旨に徴すると危険防止のための付属施設を設置すべき者であったと言わねばならない(被告町は設置の義務も権限もないと主張するが、独自の義務と権限とがあったと言わねばならない)ところ、≪証拠省略≫によればその措置を講ぜず、かつ被告会社に講じさせていないことが認められるから、被告町は管理者として国家賠償法二条一項の責任を負う。

(三)  (被告会社の責任)弁論の全旨によれば被告会社は海上運送法の一般旅客定期航路事業、自動車航送を行う海上運送業者であって、同法施行規則七条の二に照らし、乗船時の安全を確保する義務があると認められるから、前記のように危険のある本件ふ頭の使用にあたっては人的物的な危険予防の措置を講じる注意義務があったものといわねばならない。≪証拠省略≫によれば、被告会社は別紙第一図の物的施設(黄黒斜線、黄線)および切符販売所近くの看板を設け、また被告会社の海運代理店たる呉海運株式会社従業員が時に本件ふ頭で誘導をなした(これも誘導と荷物整理を兼ね、現に本件事故のときは荷物整理にあたっていて誘導する場所におらず、専任の誘導員とは言えない)のみで、他の防止措置をとっていなかったことが認められる。よって被告会社は右注意義務を十分に果していなかった過失があると認められるから、民法七〇九条(七一五条)の責任を負う。(なお被告会社は訴外呉海運株式会社をして安全確保や誘導まで代理させていた旨主張するが、≪証拠省略≫によれば、代理業務は被告会社の事業の取引の代理に止まり、安全確保や誘導まで代理業務に含まれていたと認めるに足りる証拠はない。)

(四)  以上の理由により、被告らはそれぞれ本件事故による損害につき賠償する責任があると判断する。

四、つぎに過失相殺について判断する。

(一)  窪田真二郎には前記認定のとおり重大な過失があるから、これを斟酌すると真二郎の損害について八五パーセントを相殺し、一五パーセントを被告らに賠償させるのが相当である。

(二)  ≪証拠省略≫によれば、窪田江利子(当時二才)は真二郎と同居し扶養されていた子であり、峯崎アキエは真二郎の妻の母で、真二郎と同居し、共同して呉服商を営み、生計も密接な関係にあったと認められ、かつ江利子、アキエの相続人は真二郎の妻であった原告菅順子一人である。右事情から過失相殺の趣旨に照らし、江利子、アキエの損害についても真二郎の過失を(一)同様に斟酌すべきものと解する。

(三)  真二郎の過失は原告らの慰謝料についても斟酌するのが相当である。

五、損害額について検討する。

(一)  逸失利益。

≪証拠省略≫によれば、本件事故当時、真二郎は三〇才、江利子は二才、アキエは四九才で真二郎とアキエは共同して呉服商を営んでいたことが認められ(アキエの年令は証拠上明確でないが、原告らの主張に誤りはないと考える)、右年令から、本件事故がなければ、真二郎は事故後三三年間、アキエは事故後一四年間、江利子は一八才に達してから四五年間、各稼働が可能であったと考える。真二郎、アキエの呉服商収入は≪証拠省略≫によっても明確ではないが、これによって同年令の労働者の平均賃金程度の収入を得ていたものと推認するのが相当であるから真二郎は年収金一、二〇〇、〇〇〇円、アキエは年収金四五〇、〇〇〇円を下らないと認め同様に江利子は年収金三〇四、二〇〇円を下らないと認める(昭和四四、四五年度賃金構造基本統計調査報告によれば三〇才から三四才の男子は年収一、二七七、三〇〇円、四〇才から四九才までの女子は年収四五〇、六〇〇円、一八才から一九才までの女子は年収三〇四、二〇〇円である)。収入のうち真二郎は四割、アキエは五割、江利子は五割を各生活費として費消するものと認める。以上を基礎として複式ホフマン計算により中間利息を控除して算出すると、逸失利益は次のとおりである。

(1)  窪田真二郎        金一三、八一二、〇四八円。

(2)  窪田江利子         金二、四四三、五四七円。

(3)  峯崎アキエ         金二、三四二、一一五円。

右につき前記過失相殺をなし、≪証拠省略≫により原告ら主張の身分関係が認められるから法定相続分に従って配分すると原告らの請求し得る損害額は次のとおりである。

(4)  原告窪田準一、同窪田静江   各金五一七、九五二円。

(5)  原告菅順子         金一、七五三、七五三円。

(二)  慰謝料

前記認定の原告らと本件死亡者との身分関係および前記本件事故の態様原因その他の事情を考慮すると原告らの精神的苦痛に対する慰謝料として次の額を相当とする。

(1)  原告窪田準一、同窪田静江   各金五〇〇、〇〇〇円。

(2)  原告菅順子         金一、〇〇〇、〇〇〇円。

六、結論

以上の理由により原告らの請求は原告窪田準一、同窪田静江につき各金一、〇一七、九五二円、原告菅順子につき金二、七五三、七五三円およびそれぞれに対する事故の翌日(昭和四五年二月三日)以降の民事遅延損害金の限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用について民事訴訟法第八九条第九二条を適用してその三分の一を被告らの、三分の二を原告らの各負担とし、仮執行宣言について同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 花田政道 裁判官 谷口伸夫 三橋彰)

〈以下省略〉

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